【道標 経営のヒント 226】由布院への感謝状 コンテンツキュレーター 小倉理加


 9年目の3月11日がやってくる。毎年、この時期になると、震災後しばらく日本全体の気持ちに大きな影を落とした不安な気持ちを思い出す。

 そんな日々を救ってくれたのが、1軒の宿だった。大分県の由布院の顔ともいえる名門旅館「玉の湯」である。

 経緯はこうだ。ちょうど、日本にも本格的なスパを備えた宿が増えてきたこともあり、そのときに担当していた雑誌の第1特集で「日本のデスティネーションスパ」という企画を進めていた。翌週オープン予定の山形県の1軒を除き、取材はほぼ終了。そんな時に、東北を未曾有の悲劇が襲った。幸い、ホテルのスタッフは皆無事だったそうだが、施設の被害は甚大で、取材は流れた。事態が事態だけに、ここで諦めるのが筋だったのかもしれない。逆に、だからこそ、のんきにスパの楽しさを伝えるだけではない意味のあるページにしたかった。

 時間は過ぎ、校了直前でも解決策が見つからなかったところ、日経新聞で一つの記事に出会った。大分県中部地震から、由布院が立ち直った経緯を玉の湯のご主人が語っていたのだ。導かれるように、ファクスで取材を依頼。多忙な週末だったにも関わらず、すぐにお返事をいただき快諾くださった。急ぎのため、日帰りで…と申し上げたところ、せっかくの機会ですので、ぜひ1泊ゆっくり過ごしてくださいと心尽くしのもてなしまで受けた。

 そのときに聞いた話は、今でも折に触れ勇気を与えてくれる。大分地震前夜、由布院は小さな村にすぎなかった。近くの別府に負けじと若者たちが日本のバーデン・バーデンを作ろうと現地視察を行い練られた、クアオルト構想が実現へ向けて走り出していた。クアオルト構想とは、大型の娯楽リゾートではなく、暮らす人たちの生活を守った保養地を作ること。今のサスティナブルが礼賛される世の中の先を行っていたといえる。ところが地震の影響から、由布院は壊滅的との噂が流れ、客足がぱったり途絶えたという。そこで危機に直面した地域住民たちが団結し、今日の音楽祭や目玉になる仕掛けが生まれ、揺るぎない人気観光地に成長したのだそうだ。

 そんな話を伺っているうちに、久しぶりに前向きな気持ちになり一気にページのアイデアもまとまった。その後、大分の例に漏れず、東日本も10年を待たずに観光客が戻り、夏にはオリンピックが予定されている。

 今は、新コロナウイルスの予想以上の拡大で、観光業界は大きな打撃を受けているが、誰かを責めるのではなく、世の中が回復する前に諦めずに本分を尽くすのが、その後の運命を決めるように思う。日本は、昔から数々の困難から学び、発展してきた国なのだから。

 
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